学力の下地になるもの「読む・聞く・話す・書く力」~愛のある手間暇が大切~
- 2022.08.10
- PERSONAL COACHINGMESSAGE
昨日、先日開催した「フレッシュクラス研修会」のご報告で、主に”コミュニケーション能力”のテーマについてお話をしたのですが、その中に・・・
『共感性のレベルが高くないとコミュニケーションに苦労する』
といったメッセージを書いたのですが、更にコミュニケーション能力のベースになっている本質的で根本的な力は何か?と問われたら、私としては・・・
『読む・聞く・話す・書く力』と思っています。
この4つの力はある意味、すべての人間の学力の下地になっているものであり、この下地になる力が高いレベルで備わっている人間は、その後あらゆる面において優位性を持って生きていくことができる。
先日、何気なく読んでいたある本に、この4つの力がない子ども達に対して・・・
『彼らは活字に慣れていないため、漢字が読めないのは当たり前で、基本的な慣用表現やことわざも知らない。話す言葉は単語の羅列で、自分の言いたい事を乏しい語彙の中から単語と擬音語を組み合わせて話し、順序だてて説明する力に欠けている。作文などを書かせればある程度の形にはなるが、中身がなく稚拙である。』
と書かれていたのですが、なんだか、そういう若い人達が増えているような気がするな~というのが私なりの感覚とマッチするところであります。
読む力とは、活字がリズムよく読めて、その意味をちゃんと理解できること。
聞く力とは、相手の話を傾聴することができて、理解しつつ情報の整理ができること。
話す力とは、自分の考えや意見を言葉にして他者にわかりやすく伝達できること。
書く力とは、自分の考えや意見を文法的に正しい文章にしてわかりやすく表現できること。
簡単に言えば、そんな解説になるのかなと思います。
もちろん、人によって上記4つの力の中にも得手不得手はあると思うのですが・・・
『学力が高い人はこれらの総合力が高いという共通点を持っている』
これは、自分が多くの人達とお会いしてきた経験則として強く感じていること。
これらの4つの力が高いレベルであれば、もちろん一般的に言う”コミュニケーション能力”が高いという評価になる可能性が高いと思うのです。4つの力が標準値と比べて高いレベルにある人達はどのような共通点があるのか?という問いに対して、その本の中には
①本を定期的に読む習慣がある
②親などの大人と知的な会話を頻繁にしている
という2つの点が書かれています。
先日、このブログでも書きましたが、脳育研究の第一人者である瀧靖之先生の講演会では、子ども達の脳の発達領域の話の中で、6か月から2歳のステージでは『言語的領域の発達』がピークを迎えるタイミングなので、アプローチポイントは「読み聞かせ」が重要である。
テレビやビデオを活用するのではなく、親が直接的に行うほうが効果的であり、たくさん読んであげることがものすごく大切である。という話がありました。
まさに、まわりの大人や親や教師が子ども達にどんな環境を用意して、どんなアプローチをしてあげるかで、子ども達の学力の下地となる4つの力の蓄積に大きな影響を与えているということ。自分もあらためて親として身の引き締まる思いですね。
先日読んだ『トップ5%の社員の習慣』という本にも、トップ5%に位置する社員は、一般的なレベルの社員と比較して、年間で20倍(年間で約50冊程度)も多く本を読む習慣があるという分析結果がでていたのもうなづけます。
自分自身の感覚としては、上記の4つの力は比較的小さい頃から身についているほうで、特にそれで苦労したという経験はあまりないのですが、なんとなく母親がよく本を読んでくれていたような記憶はあります。親やまわりにいる大人の人達との会話もそれなりに頻度が多い幼少期を過ごせていたことが、プラス材料だったのかななんて思いますね。
その本には、『学力の下地となる読む・聞く・話す・書く力を子どもにつけさせるには、親が”手間”をかける以外に方法がない。』とも書いてありますが、それは子ども本人にはどうしようもないことなので、その子を産んだ親の1つの大きな役割と責任なんだと思いますね。
親として自らが手間をかけず、教育やしつけの外注をして、お金を払っているのにぜんぜんうちの子が伸びないなんて言っている親もいるのかもしれませんが、その考え方が大きくずれていると認識すべきなんだと思います。
少なくとも、学校のテストの点数がいいことが本当に将来逞しく自分らしく生きていくための力なのか?それが本当の学力なのか?それを親やまわりの大人がちゃんと判断する力が必要なんだと思います。
学力、生命力、考察力、創造力、想像力、得点力、暗記力・・・
人間には、いくつもの〇〇力があるわけですが、本当に大切な力が何で、それを身に着けるためにはどんな環境とアプローチが必要なのか?
つまり、親として大人としての『子どもへの価値ある手間のかけ方』がわからない人が増えているということなのかもしれませんよね。自分でよくわからないから誰かにやってもらおうという考え方が先行してしまう人も多いのでしょうか。それが、なんだか習い事盛りだくさんみたいになってしまったり・・・
習い事をするのが悪いという意味ではないですが、その子が楽しんでやれているかどうか、興味を持ってやれているかどうかが大前提だと思うんですよね。あと個人的にすごく大切にしていることは、どんな習い事でもいいのですが、それを教える側の講師や人間がどんな人なのかは親としてチェックしたいと思っています。だって、自分の経験則で、本気で育てようとしている人とそうでない人の差もよく見てきましたから。
『どんな人に接するか、どんな人と時間を過ごすかで人間は大きく変化する』
まあ、幼児教育の現場にいることが多いわけですが、親子関係などを見ていると、結果としてよくわかってしまうのが、親と子の力や資質は連動性が高いという現実。
つまり、親の読む・聞く・話す・書く力が高ければ、基本的にはその子どももそのレベルに連動して4つの力が高くなっているケースが多いような気がします。
4つの力が高い親子の会話のシーンと、そうでない親子の会話のシーンを比べるとよくわかると思いますが、後者の親子はけっこう単語や指示語だけで会話をしているケースが散見されます。つまり、その会話は文章としては成立していない・・・そんな会話を普段からずっと繰り返していたら、話すレベルが高まらないのは当然のような気がしますね。
特に、日常の中での親子の時間で、聞くことと話すことにどれだけ手間を惜しまず丁寧にアプローチしているかがポイントではないでしょうか。研修などで講師をさせていただくときに・・・
『学ぶとはインプットとアウトプットの繰り返しであり、そのプロセスを通じて、アウトプットの質を高めていく行為』
という話をすることがあるのですが、上記の4つの力の中で、『読む・聞く』という行為はインプットになりますよね。そして『話す・書く』という行為がアウトプットになります。だからこれらはセットになっていて、すべてのレベルが高まっていくことで、学びがどんどん進化していくということですよね。
だからこそ、学力の下地が『読む・聞く・話す・書く力』だと言えるのではないでしょうか。
それを私なりには、『可能性の器を育てるベースメント教育』と表現しています。
今回は、学力のベースメントのお話をしましたが、以前に心とカラダ面のベースメントのお話しもしているので以下のそのブログ記事もリンクしておきますね。(ご興味ある方はぜひお読みください)
この記事にも書きましたが・・・
『親が子どもにかける直接の手間暇こそ、最も大切なベースメント教育』
というのが最終的な答えであり、永遠に追求すべきテーマなような気がします。私の母親に聞いたことがあるのですが、直接の手間暇とは何か?
『愛に決まっているじゃん』
と一言で答えてくれました。そんな親に育てていただいたことに感謝しつつ、自分も親として、自分の子ども達に『愛のある手間暇』をかけていきたいなと再度思う今日この頃です。
お読みいただいた方の何かのヒントと未来のハッピーに少しでもつながれば幸いです。